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大阪高等裁判所 昭和56年(ネ)470号 判決

主文

本件各控訴をいずれも棄却する。

控訴費用は控訴人らの負担とする。

事実

第一  当事者の求めた裁判

一  昭和五六年(ネ)第四七〇号事件及び同第五一八号事件各控訴人(以下、第四七〇号事件控訴人を単に「控訴人釣谷」と、第五一八号事件控訴人を単に「控訴人銀行」といい、両者を合わせて呼ぶときは単に「控訴人ら」という。)

1  原判決を取消す。

2  被控訴人の控訴人らに対する請求をいずれも棄却する。

3  訴訟費用は第一、二審とも被控訴人の負担とする。

との判決

二  右両事件被控訴人(以下、単に「被控訴人」という。)

主文同旨の判決

第二  当事者双方の主張及び証拠関係

次のとおり付加するほか、原判決の事実摘示と同じである(ただし、原判決一二枚目裏一〇行目の「森田弘」を「藤田弘」と改める。)から、これを引用する(なお、原判決中で用いられている略称については、本判決においても以下すべて原判決と同様の用法に従う。)。

一  控訴人銀行の主張

1  原判決も認めるように、本件(一)の契約は純粋に新規貸付のためのものであつて、控訴人銀行は右の契約と引換えに一五〇〇万円を現実に出捐したのであり、右の契約によつて旧債の回収について有利になつたというような事情もまつたく存しない。その意味において、本件は、もともと無担保、無保証の債権があつたのを抜けがけに担保権の設定を得、他を出し抜いて有利な地位を得たという場合とは本質的に異なる。原判決が「控訴人銀行もまた、結果的には、抜けがけ的にその債権確保のため有利な担保提供を受けたことは否定できない」(原判決三七枚目裏三、四行目)としているところは、控訴人銀行にとつてまつたく理解できないところである。

2  原判決は、破産法七二条五号にいわゆる「無償行為」の意義につき、「無償であるか否かは否認権の立法趣旨からみてもつぱら破産者を中心としてその財団を保全する観点からこれをみるべきであつて、相手方にとつて無償かどうかは問うところではない」と判示しているが、右の規定の立法に際しての理由書中のどこをみても右のように解釈すべきであるとの趣旨の記載は見当らず、学説の大勢は、むしろ「受益者がその立場において無償であるか否かは問わないと解することは同法七二条五号の立法精神に徴し不当である」として、被控訴人が原審で引用している判例を批判している。

3  右の破産法七二条五号は、受益者の善意悪意を問題としない純客観主義の否認類型であるといわれているが、いわゆる過失責任の原理が根本理念として働く私法の領域において、右のような純客観的な否認類型を敢えて認めたのは、もともと何らの犠牲も払わずに得られた利得である場合には、否認されて全部吐き出されることになつてもいわばもともとであり、故なく損害を強いられるという不都合は生じない、との考え方に基づくものであり、したがつて、同号にいう「無償行為」とは、破産者にとつて無償たるにとどまらず、相手方にとつてもまた無償たる行為を指称するものというべきである。

なお、同号で破産申立前六か月内の行為に限定している趣旨は、いかに無償の利得といつても、いつたん利得された後においては、これを基礎として利得者の生活が進行していくのであるから、あまりに長期間が経過した後に無制限に否認を認めると別の面からの弊害が避けられないとの配慮に基づくものであつて、決して被控訴人が原審で主張するような趣旨のものではない。

4  のみならず、本件(一)の契約をもつて、破産者の側にとつてまつたく無償の行為であつたとするのは、あまりに形式論にすぎるというべきである。

もともと、平田染工による染色加工の営業は、平田家と高井家の共同の家業というべきものであり、平田染工がいわゆる法人成りしてからでもわずかに二年、個人との区別もとくに意識されず、破産者が不動産を購入するときの資金三五〇〇万円も同会社の営業資金の一部で賄われているのであり、その出金につき取締役会の承認手続を経たわけでもなく、利息の意識もなく、借用証書等も作成せず、計算上帳簿にだけ記入されていたという始末で、現実には何らの返済もなされていなかつたというのが実情である。役員構成をみても、四人の取締役は全員破産者とその岳父、兄弟で占められており、監査役には個人経営時代以来の従業員川勝忠正を当てているというのが実態で、対外的に「平田さん、高井さんの商売」として扱われてきたのも当然といえる。そして、その家業のうちの反物の整理ないししわのばしの部分を、今までの下請任せから自家作業に組み入れ、右の川勝を代表者に仕立てて形を整えたのが外ならぬ関西繊維だつたのである。同会社の営業の一〇〇パーセントが平田染工の下請であつたというのも当然である。原判決も認定しているように、破産者が同会社設立の中心的役割を果したのは、同人自身の家業のための組織整備であつたからにほかならない。この意味において、本件の融資取引はいわば高井・平田両家の家業に対する貸付であり、その家業の総師からの担保提供であつて、控訴人銀行にとつてはもちろん破産者にとつても立派な有償行為であつたといえる。原判決の見解は、現今における個人企業の法人成りの流行により会社が氾濫する中で、取引活動の実際において会社よりもその背後の経営実体が重視されるということや、企業への融資のためには経営者自身が担保を出し保証をするのが一般に当然とされる近時の感覚ないし趨勢をも無視し、いたずらに中小企業とりわけ同族会社への融資を困難にするものである。

5  また、原判決は、破産者が取得した求償権は名目的なもので、本件(一)の契約の対価たる実質を有しないといい、その根拠を、関西繊維が設立されたばかりの会社であつて、さしたる資産もなかつたという点に求めている。

しかしながら、行為の無償性はその行為がなされた時点を標準として判断すべきであるから、右の求償権がその実を期待しうるかどうかについても、本件(一)の契約がなされた時点を標準として判断すべきものであるところ、右の当時関西繊維は確かに設立されたばかりでさしたる資産を有しなかつたかもしれないが、その代り負債も皆無であつた筈であるから、本件(一)の契約と引換えに控訴人銀行が右の会社に貸付けた一五〇〇万円はそのまま同会社の資産となり、なんらかの形で積極財産を構成し、破産者の求償権の引きあてとなつていた筈である。

二  控訴人釣谷の主張

原判決は、破産者の連帯保証及び担保提供(本件(二)の契約)が破産法七二条五号の無償行為に当ると認定しているが、右の認定は次の理由により不当である。

1  無償否認の無償性を破産者の側からみるのか受益者の立場からみるのかについては争いがあるが、受益者の立場からこれをみるべきものと解さなければ不公平であり、殆どの学説はそのように解している。すなわち、破産法七二条五号の無償否認の規定が、受益者の悪意を要件とせず、もつぱら行為の無償性と時期のみを理由に否認を認めているのは、受益者が代償なしに得た利益を破産債権者のために吐き出させても酷とはいえないからであり、それゆえに、無償行為が否認された場合、善意の受益者は現に有する利得を返還すれば足りるとされている(同法七七条二項)のである。本件の場合、控訴人釣谷は、本件(二)の契約を原因として、昭和五一年九月一日以降平田染工に対しさらに一四三〇万円余相当の商品を売渡したのであるから、有償性は疑いがない。

2  仮に、右の無償性を破産者の立場からみるべきものとしても、平田染工と破産者とは実質的に同一人格者とみるべきであるから、本件(二)の契約によつて平田染工が得た利益は即破産者の利益と同視すべく、したがつて、本件(二)の契約は破産者にとつても無償とはいえない。すなわち、

(一) 原判決は、会社と個人とはあくまで別人格であり、本件で物品を買受けて利益を得たのは平田染工であつて破産者個人ではなく、破産者の債権者にとつては何ら利益にならないと説示しているが、控訴人釣谷が原審で詳述したところから明らかなとおり、右はまつたく誤つた形式論理であり、会社の規模、経営の実態を無視したものであつて、この種のすべての事案に右のような判断が通るのであれば、法人格否認の法理などは肯定されることはないであろう。

本件において、破産者個人の給与は一か月四〇万ないし四五万円というが、そのほかにも現実に働いていない平田延三郎に一か月四〇万円もの給与が支払われており、その他の破産者の親族の給与をも加えて合計すると、平田染工が高井一族に支払つた金額は一か月一五〇万ないし一五五万円にも上つている(このような個人会社では、名目上何人かの者に対して給与が支払われていても、実質はすべて代表者個人の懐に入つていることが多い。)。しかも、平田染工が使用している工場の建物敷地はすべて破産者個人の所有となつており、破産者は、自己の名義で不動産を買入れるに際し、平田染工の金を使つていることからも分るとおり、同会社の経営権は破産者が独占的に掌握していた。したがつて、平田染工の利益は破産者の利益とみる方が素直な見方である。

ちなみに、平田染工の破産管財人も破産者のそれと同一人(被控訴人)であるが、平田染工と破産者との間には前述のとおり貸借関係があつて利害相反する間柄にあるにもかかわらず裁判所がこのような選任をしたということは、破産決定をした裁判所自身が右の両者を同一視していたからにほかならない。

(二) ひるがえつて、昭和五一年八月、破産者が平田染工振出(引受)の手形のジヤンプを要請してきた時点で、控訴人釣谷がこれを拒否してその後の取引を止めていたならば、同控訴人の損失は四七〇〇万円余で済んでいたのであるが、本件(二)の契約をあてにして同年九月一日以降平田染工に対し引続き商品を売渡したため、その代金一四三四万円余がさらに回収不能となつた。この間、平田染工の他の債権者の所持する同会社振出(引受)の手形は期日に支払われているのであつて、結局、控訴人釣谷が提供した商品を利用して他の債権者に対する弁済がなされたことになるから、平田染工の債権者間の公平を考えてみると、同控訴人が右の商品代金(本件(二)の契約後に発生したもの)について優先弁済を受けなければ、公平の原則に反するといわなければならない。そして、破産者の一般債権者の殆どは平田染工の債権者と競合しているのであり、平田染工と破産者とを同一視してその利害を考えるべきであることは前記のとおりであるから、公平の観点からしても原判決は誤つている。

(三) なお、原判決は、平田染工と破産者は別人格であるとしたうえ、「本件のように、会社とその代表者個人が同時に破産宣告を受けることはきわめて稀な特殊な事案である」として、これを否認肯定の一理由としているが、ここ数年来、中小企業の破産事件で右のような事案が年年増加しつつあり、決して稀な事案でなくなつているのが現状である。

3  仮に、平田染工と破産者とを同一人格視できないとしても、本件(二)の契約は、破産者自身にとつても無償とはいえない。すなわち、

(一) 給与について

原判決は、(イ)平田染工は本件(二)の契約がなされたことによつて倒産を免れた訳ではないから、破産者が右の契約後に平田染工から給与を受けたからといつて、その給与をもつて右の契約の対価とみることはできないし、(ロ)仮に対価とみられるとしても、その大部分は労務の対価として支給されたもので、(二)の契約の対価としては有償というには少なすぎる、と説示している。

しかしながら、まず、右の(イ)の点についてみると、被控訴人は一方で控訴人釣谷が自己の所持する昭和五一年一一月一五日期日の平田染工振出(引受)の手形の決済資金を送らなかつたことが同会社倒産の原因だと主張しているのであつて、そうだとすると、わずか二か月半の間に平田染工の資金繰りが急速に悪化したとは思われず(この間、控訴人釣谷は平田染工に対し一か月約六〇〇万円相当の材料を納入し、また、同控訴人を含む四社の手形決済資金援助は合計三一〇〇万円にも上る。)、したがつて、同年九月三日に本件(二)の契約が成立していなければ、平田染工は四社の援助も得られず、直ちに倒産したであろうことは明白である。

次に、(ロ)の点については、まず、給与が労務の対価であることは当然であるが、破産者のように自らが実質的な経営者である代表取締役が会社から受ける給付は、株主総会で決定、支給される役員賞与(又は役員報酬)という性質のものであつて、給与と同じ性格のものではない。つまり、会社役員は、会社が利益を得てはじめて報酬が与えられるもので、会社の存続がそのまま役員報酬につながるのである。

また、対価としての金額の多寡については、原判決は破産者本人の給付のみをとらえて一か月四〇万ないし四五万円というが、前記のように実際に労働していない平田延三郎の給与(一か月四〇万円)などは破産者の給与と同視すべきであるし、仮にそうでないとしても、破産者自身が本件(二)の契約後に取得した金額(二か月分で八〇万ないし九〇万円)だけをとつてみても、決して対価として少額とはいえない。すなわち、一般に金融機関が支払保証に際して徴収する保証料は、高々貸付額(保証額)の三パーセント程度であつて、本件の担保設定額四〇〇〇万円の三パーセントといえば一二〇万円である。このような保証料が行為の有償性を裏付けるものであることは、学説判例の一致するところである。

(二) 借入金債務の弁済期の猶予について

平田染工のように、ある会社が倒産の危機に陥つた場合、その会社から借入をしていた会社代表者としては、速かに右の借入金を返済して会社の経営を安定させるべき義務(取締役と会社との間の委任契約における忠実義務)があるものというべく、原判決のいうように、弁済期の定めがないからといつて、代表者が自己の債務を放置することは、法律上も許されないことである。本件において、破産者が昭和五一年八月の時点で自己の借入金三五〇〇万円を平田染工に返済していれば、同会社の経営は楽にできたであろうし、破産者は、この金策ができなかつたからこそ、自己の所有名義の物件(本件不動産)を担保に供して金策し平田染工に使用させることとしたのである。つまり、本件(二)の契約は、破産者が平田染工に対し三五〇〇万円の借入金の返済をする代りに行われたものといつても過言ではなく、借入金返済の期限の猶予を得ることは、破産者にとつて十分すぎる対価である。

三  被控訴人の主張

控訴人らの前記主張は争う。

四  証拠関係(省略)

理由

一  当裁判所も、被控訴人の控訴人らに対する本訴請求はいずれも正当として認容すべきものと判断するが、その理由は、次のとおり訂正・付加するほか、原判決の理由説示と同じであるから、これを引用する。

1  原判決二八枚目表八行目及び同表一〇行目の各「証人」の前にいずれも「原審」を、同表九行目、同表一一行目及び同三二枚目表三行目の各「被告釣谷」の前にいずれも「原審での」を加える。

2  原判決三三枚目表五行目の冒頭から同三六枚目表二行目末尾までを次のとおり改める。

「ところでなく、また、求償権は、保証人が債務を弁済したときにはじめて発生する将来の権利であつて、保証や担保提供行為自体によつて直ちに発生するものではないから、求償権実現の可能性を問題とするまでもなく、この種求償権が存在するからといつて、これをもつて右の行為の対価たる性質を有するものと解するのは相当でなく、この点に関する控訴人らの前示の主張は採用することができない。

2  そこで、本件について、破産者が本件(一)、(二)の契約により、他に何らかの経済的利益(対価)を受けたといえるかどうかについて検討する。

(一)  控訴人らは、まず、破産者と関西繊維もしくは平田染工とは実質的に同一人格とみるべきであるから、本件(一)、(二)の契約により右の両会社が受けた利益は即破産者の利益と同視すべきであると主張する(控訴人銀行につき原判決事実摘示第二、二1(四)(2)及び当審主張一4、控訴人釣谷につき原判決事実摘示第二、二2(四)(5)(イ)、(ウ)及び当審主張二2)。

前示の認定事実(引用にかかる原判決理由説示二1ないし7の各事実)によると、破産者の連帯保証及び担保提供(本件(一)、(二)の契約)により、関西繊維は控訴人銀行から一五〇〇万円を借受け、また、平田染工は控訴人釣谷から自己の支払手形につき資金援助(支払猶予)を受けるなどしたのであるから、右の両会社が本件(一)、(二)の契約により控訴人からそれぞれ経済的利益を受けたとすべきことはいうまでもないところであり、そしてまた、右の事実関係に当審証人押田輝雄の証言を合わせ考えると、右の両会社がいずれも平田及び高井一族の所有(株式)、経営するいわゆる同族会社であり、破産者が両者の実質的(平田染工については名実ともに)経営者であつたことも容易に推認されるところである。

そうすると、右の三者(関西繊維、平田染工、破産者)は密接な関係にあつて、その利害関係を共通にし、したがつて、控訴人らの指摘するように、前示のような関西繊維及び平田染工の利益が実質的には即破産者の利益につながるとの見方もあながち誤りとはいえないけれども、しかし、右の利害関係あるいは破産者の利益というのは、しよせん事実上もしくは主観的なものにすぎず、これを法律的見地なかんずく否認制度の観点から見た場合には、右と同一に論ずる訳にはいかない。すなわち、右の三者はあくまで各別に独立した法人格の主体であつて(本件において、関西繊維及び平田染工の法人格を否認すべき事情は認められない。)、破産手続も三者各別に進行処理されるべきものであり、したがつて、その財産関係も三者を峻別して捕捉しなければならないし、また、ある行為が破産者にとつて利益かどうかを考えるに当つては、破産者自身というよりもむしろ破産債権者の立場に立つて、その行為が破産財団に増加をもたらしたかどうかという純粋に経済的な観点からこれを判断すべきものである(破産者個人の社会的名誉、信用などといつた主観的な利益は捨象する必要がある。)から、破産者が右の同族会社である関西繊維及び平田染工の実質的経営者であるという一事をもつて、前示のような右両会社の利益が即破産者の利益であると即断することはできないものというべきである。

したがつて、控訴人らの前記主張は採用できない。

(二)  次に、控訴人釣谷は、(1)破産者が本件(二)の契約の後約二か月間にわたり平田染工から給与を受けたこと、及び(2)破産者が平田染工から借受けていた約三五〇〇万円につき期限の猶予をえたことの二点をもつて、本件(二)の契約と対価関係にある経済的利益であると主張する(原判決事実摘示第二、二2(四)(5)(エ)、当審主張二3)。

そこで、まず、(1)の給与の点についてみるのに、原審証人高井一三の証言によると、破産者は本件(二)の契約が締結された昭和五一年九月三日当時平田染工から一か月四〇万ないし四五万円の給与(役員報酬)を受けており、右の契約後も同会社倒産頃に至るまでの約二か月間にわたり右と同額の給与を受けていたことが認められるが、しかし、本件(二)の契約の目的が平田染工の資金繰りを確保し同会社の存続を図ることにあつたことは前示認定のとおりであるとしても、右の契約の締結がなかつたならば(すなわち、これによる控訴人釣谷の協力がなかつたならば)右の九月三日の時点で直ちに平田染工が倒産したものとまでは認められないのみならず、右の給与(役員報酬)の性質は基本的には労務(経営活動)の対価とみるべきものであるところ(この点に関する控訴人釣谷の当審での主張は、役員報酬と賞与とを混同するもので失当である。)、右の一か月四〇万ないし四五万円という金額は平田染工規模程度の会社の代表取締役の給与としてもさして多額とはいえず、また、本件(二)の契約の締結以後その額が増額されたといつた事情も見出せないのであるから、破産者が平田染工から支給を受けた右の給与をもつて、本件(二)の契約と対価関係に立つ利益ということはできない。なお、控訴人釣谷は、平田延三郎など破産者以外の役員の名義で支給された給与をも考慮すべきであると主張するけれども、右の給与が破産者に帰属しその破産財団の増加に寄与していることを認めるに足りる証拠はないから、右の給与を破産者の利益として斟酌することはできない。

次に、(2)の借入金の期限の猶予の点であるが、破産者が平田染工から役員貸付金として約三五〇〇万円を借入れていることは当事者間に争いがないところ、前掲証人高井一三の証言によると、右の貸付がなされたのは昭和四九年のことであるが、返済期日はとくに定められておらず、破産者は自己が平田染工から支給を受ける給与の中から少しずつ返済していたことが認められるのであつて、本件(二)の契約が締結されたことによつてとくに右貸付金の弁済期が猶予されたということはできず、その他、右の契約締結によつて右の貸付金の返済について従前以上に有利な取扱いがなされたという事情を認めるべき証拠もない(なお、控訴人釣谷は、本件(二)の契約は破産者が平田染工に対する右の借入金の返済をする代りに締結されたものであると主張するが、右の主張事実を認めるに足りる証拠はない。)。

したがつて、控訴人釣谷の前記主張も採用できない。

(三)  以上のほか、破産者が本件(一)、(二)の契約によつて保証料の取得その他破産財団の増加をもたらすような何らかの経済的利益を受けたという事実を認めるべき証拠はないから、結局、本件(一)、(二)の契約は、破産者にとつて無償行為に該当するものといわざるをえないのである。」

3  原判決三六枚目表三行目の「4」を「3」に改め、同表一一行目冒頭から同三七枚目裏四行目末尾までを次のとおり改める。

「(一) 会社の代表者の連帯保証もしくは物上保証(以下、まとめて保証等という。)があればこそ当該会社に融資が実行されたような場合に、右の保証等に対して無償否認を肯定することになると、貸主の側に不測の損失をもたらし、ひいては中小企業に対する融資を困難ならしめるという側面があることは否定できないところであるが、しかし、反面、本件のように右の代表者個人が破産した場合を想定してみると、その破産手続は前叙のようにあくまでその個人財産を基礎として行われるのであるから、その破産手続の開始に近接した時期に、自己の会社のためであるとはいえ、法律上は別個の人格者である会社のために、何らの対価を得ることなく保証等の行為をすることは、右の代表者個人に対する一般債権者の利益を侵害するおそれが多分にあり、したがつて、右のような行為を放置することが公正といえないこともまた明らかである。破産法七二条五号は、右のように相対立する利害を調整するため、支払停止もしくは破産申立の後又はその前六か月以内の無償行為に限定してその否認を認めたものと解すべく、右の期間内の行為に限つては受益者の利益を犠牲にしても破産債権者の利益の保護を優先させるのが公平の理念にかなうとの立場に立脚するものと解される。そして、右のように解しても(保証等を右の無償行為に含ましめても)、右のような期間制限がある以上、中小企業の金融に重大な支障をもたらし、あるいは取引の安全を害することになるとはとうてい思われない。」

4  原判決三七枚目裏五行目の「(三)」を「(二)」に、同三八枚目表一行目の「5」を「4」に、それぞれ改め、同枚目表五行目末尾に「当審証人押田輝雄の証言を参酌しても、以上の認定判断を動かすことはできない。」を加え、同枚目表九行目の「(残る三社についても同様である。)」を削る。

二  よつて、右と同旨の原判決は相当であつて、控訴人らの本件各控訴はいずれも理由がないから、これを棄却し、控訴費用の負担につき民事訴訟法九五条、八九条、九三条を適用して、主文のとおり判決する。

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